大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(う)518号 判決

被告人 関源広

〔抄 録〕

按ずるに、原判決が本件起訴にかかる事実につき、第一、被告人が踏切通過後車掌を乗車させるに際し完全停車をしなかつた事実を認定するに足る証拠はない、第二、被告人は車掌の発車の合図によつて発車した、第三、運転者には、発車合図をした車掌自身が車外に転落する危険がないかどうかまで確めるべき業務上の注意業務はないとの理由を挙げ、被告人には過失の責任はないと判示して、無罪の言渡を為したことは洵に検察官所論のとおりである。

よつて記録に徴すると、被告人は諏訪自動車株式会社に勤務する自動車運転者であつて、昭和三十四年九月二十三日午後八時五十分頃長野県諏訪郡原村の婦人会員五十名位の団体客を乗せた貸切バスを運転して長野市への慰安旅行の帰途、上諏訪駅から原村方面に向う途中、諏訪市大字四賀所在国鉄中央線武津踏切に差し掛つたこと、踏切の手前において一旦停車し、車掌丸茂正恵(当時十九才)が下車してバスを誘導したので、安全確認の上右踏切を通過したこと、丸茂は踏切より六メートル位はなれた所でバスに乗ろうとしたとき車外に転落したにかかわらず、被告人はこれに気付かずバスを進行せしめたため、左後輪で同女の腹部を轢いたこと、乗客伊藤よ志ゑ等は丸茂の悲鳴をきき、車掌がいないといつて騒ぎ出したので、被告人は踏切より三十メートル位進行したところで停車し救助に当つたが、丸茂は膀胱破裂兼腹部内出血の傷害を蒙り死亡するに至つたことが認められる。

よつて丸茂の死亡が被告人の過失に基くものであるか否かの点につき按ずるに、原審第二回公判調書中証人田中裕美の供述記載部分、原審第八回公判調書中証人北沢幸長の供述記載部分及び当審における証人北沢幸長に対する尋問調書の記載、原審第五回公判調書中証人菊池よねよの供述記載部分及び原審における証人伊藤よ志ゑに対する尋問調書の記載(菊池、伊藤両証人の証言は後記認定に反する部分を除く)当審における証人伊藤よ志ゑに対する尋問調書の記載、いずれも原審裁判所において被告人及び弁護人が証拠とすることに同意し適法に証拠調を了した丸茂富美子の検察官に対する供述調書及び被告人の司法警察員に対する供述調書中の各記載(被告人の供述中後記認定に反する部分を除く)、司法警察員北沢幸長名義の実況見分調書(但し図面二葉を含み、三の事故発生当時の模様中の(1)及び(2)の部分を除く)、原審検証調書(図面、写真とも)を綜合すれば、被告人は前示踏切を時速七、八キロメートル位の速力を以て進行したが、これを誘導した丸茂は踏切通過後六メートル位はなれた所で待つていたので、被告人は丸茂を乗車させるために停車せんとしたが、バスの運転者席が丸茂の傍を過ぎた頃、未だ停車しない内に、被告人は丸茂の発車の合図を聞いたような気がしたため、既に丸茂が乗車し進行しても差支えないものと軽信し、そのまま進行を継続したこと、丸茂は徐行中のバスの乗降口の下段ステツプに足をかけ、乗降口のドアの桟あたりを握り、乗車を試みた瞬間、ステツプから転落し、左後輪に轢かれて傷害を蒙つたこと、被告人はその後前記の如く乗客の注意によつて停車し、始めて本件事故の発生を知るに至つたことが、それぞれ認められる。

しかして自動車運送事業等運輸規則並びに領置してある前記会社の運転者安全服務規律及び車掌乗務規律と各題する冊子中の記載によれば、運転者は車掌の行う発車合図によつて発車し且つ発車の際は旅客の安全を確かめなければならないとし、また、車掌は発車の場合発車の合図をするが、合図は旅客の安全及び自動車の左側においてその運行に支障がないことを確認し且つ乗降口のドアーを閉めた後に行うことと定めてあることが明らかであるところ、前記会社の乗務員は、以上諸規則に基き、踏切通過の場合においては、車掌は誘導を了した上佇立してバスの停車するを待ち、バスが停車したところで乗車してドアーを閉め発車の合図を為すべく、運転者はこの発車合図があつて始めて発車すべきことと定められていたのであるから、本件において、被告人が丸茂を乗車せしめるために停車しようとしたが、未だ停車しないうちに、丸茂の発車合図を聞いたような気がしたため、既に丸茂が乗車しそのまま進行しても差支えないものと軽信し、そのまま運転を継続したことは、前記認定のとおりである以上、被告人は完全停車もせずまた発車合図を確認することもなく発車したので、運転者としてとるべき注意を欠缺したものというべく、結局被告人の注意義務の欠缺により本件事故が発生したものであることが明らかであるから、被告人はこれに対する責任を免れることはできないというべきである。

尤も丸茂車掌が完全停車を待たずして乗車を試みたことは過失の誹を免れないけれども、記録に徴すれば、踏切通過の場合、乗車する者は車掌だけであるため、車掌はバスが停車すれば、ステツプに足を掛けるや、ドアーも閉めず発車の合図を為し、時には徐行中のバスに飛び乗り、そのまま発車の合図をする等危険な行動をとることがあり、殊に見習期間を終り未だ一、二年も経過しない車掌は、運転者に対する遠慮等のため危険をも顧みず飛び乗りをすることも少くないことが認められるので、運転者たる者は完全停車した上車掌の合図を十分確認した上発車すべき義務があるものというべく、しかも本件被害者丸茂正恵は、昭和三十四年四月頃入社し、未だ車掌の経験も頗る乏しい者であつたから、かかる車掌を乗車させるに当つては、尚更完全に停車すべきは勿論のこと、発車を為すには、車掌の合図を聞いたような気がしたという程度にては不十分であつて、これを十分確認しなければならない義務があるものといわなければならない。このことは自動車運転者たるものは、安全に運転を為すべき義務があつて、常に乗客、その他の乗務員、並びに一般の公衆に対して危険発生の虞なからしむるためには、十分の注意を為さなければならない責務を有することからも、当為考えられるところであるから、たとえ、丸茂に前示のような過失があつたからといつて、被告人が右の如く注意義務を怠つたため、本件事故が発生したことが認められる以上、被告人はその刑責を免れることはできない。

結局本件事故の発生については、被告人が丸茂を乗車せしめバスを進発せしめるに当り、完全に停車せしむべきところこれを為さず、また、発車合図を確認すべきであるのに確認しなかつたという過失が存するところ、原判決はこの点において事実を誤認し、被告人が注意義務に違反した点についてはその証明がないとして、被告人に無罪の言渡を為したものであつて、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて本件控訴はその理由があるので、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において、更めて次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は諏訪自動車株式会社に勤務する自動車運転者であるが、昭和三十四年九月二十三日午後八時五十分頃、同社のいすず号五七年式普通旅客自動車を運転中、長野県諏訪市大字四賀所在国鉄中央線武津踏切において、安全確認及び誘導のため降車した車掌丸茂正恵(当時十九才)を乗車させるに際し、自動車運転者としては一旦停車し且つ同人が発車合図をなしたことを確認の上、初めて発車させるべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り、単に徐行しただけで完全に停車しないうちに発車の合図を聞いたような気がしたので、合図があつたものと誤解し、車掌が完全に乗車したものと軽信して、そのまま進行を継続した過失により、乗車しようとした同女が車外に転落したところを左後輪にてその右腹部附近を轢過し、因つて同女に膀胱破裂兼腹部内出血の傷害を蒙らせ、同日午後十一時十五分頃同市大字上諏訪二千九百五十番地茅野病院において死亡せしめたものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、被害者にも過失がなかつた訳ではないこと、その他記録に現われた諸般の情状を考慮して所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内において被告人を罰金三万円に処し、被告人が右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に則り金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用してその全部を被告人に負担せしむべきものとし、主文の如く判決する。

(三宅 東 井波)

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